日本の死刑制度について考える

⒈賛否両論ある死刑制度

日本には、死刑制度があります。
これに関しては賛否両論のところですが、死刑を容認しない方の論者としては一度命を奪ってしまった場合には取り返しがつかないといった考え方があります。

つまり、もし裁判の段階で間違えていたとしたら、問題になってしまうことがあるわけです。
もちろん、懲役刑でも同じですがやはり人間が判断することですので間違えた状態を前提にして執行されてしまった場合には取り返しがつかないといった意見もあります。

確かに過去の例をみると、裁判自体が間違えていたりその前の捜査段階で間違えているようなことも少なくありません。
このようなことを考えれば、確かに廃止するべきと考えるようになるはずです。

これに対して、死刑を容認している一派はやはり被害者意識を考えればやむを得ないことと想像しています。
被害者としては、加害者に対して非常に憎しみを持っているのが現状です。

これは、一時的な気分ではなく意志を持ち続けるのは間違いありません。
もちろん、加害者が死刑になったとしても被害者は依然として同じような感情をもちづけるかもしれません。
いずれにしても、特定の人に対して大きな心の傷をしてしまったのは事実と言えます。

⒉被害者感情をイメージするのは簡単なものではない

そのような理由により、死刑は必ず執行するべきと考えているわけです。
かつて、死刑執行に対して反対をした弁護士がいました。

その弁護士の言い分は上に書いてある通りですが、この弁護士は自分が何らかの犯罪の被害になってしまったわけです。
家族を亡き者にされた弁護士は、次第に少しずつ死刑廃止論から死刑容認論座に傾いたとされています。

このように、被害者感情をイメージするのは簡単なものではなく、自分自身が被害者になってみないと初めてわからないものと言えます。
もしそれでも、廃止すべきと主張していたならば本物の廃止論じゃといえるかもしれません。

ですが、この弁護士のようにいくら法律のプロであっても、自分自身が被害者の一人になってしまった場合どうしても被害者感情が出てきてしまうものです。
廃止をするべきと考えている人に対しては、一つの大きな疑問があります。

それは、執行せずに一生刑務所に入れることができるかといった問題です。
アメリカのように、終身刑などがあれば別ですが、日本の場合終身刑はありません。

つまり、無期懲役などがあるもののそれは結果的に20年もすれば表に出てきてしまうパターンですのでほとんど役に立たないといえるでしょう。
加えて、国民の税金でどこまで食べさせていくのかといった問題が出てくるはずです。

⒊犯罪が発生するのは欲があるから

被害者が許さないだけでなく反省をすれば20年程度で出てきてしまうとすれば、非常に大きな問題といえます。
この部分を改正しない限り、いつまでたっても死刑容認派が減ることはありません。

ただ、実際になくなってしまった場合には日本人の考え方としてそれ以上憎しみを持つことはしないはずです。
生きている間は憎たらしくて仕方がないかもしれませんが、すでにこの世にいないとすればそれ以上恨んでも仕方がないからです。

もちろんそれとは別に一生消えることのない傷を負いながら生きていくことになるでしょう。
このように考えれば、可能なかぎり犯罪をなくしていく世の中にしなければなりません。

そのためには、人間の考え方を根底から変えるような仕組みを作る必要があります。
犯罪が発生するのは、このように欲があるからです。

だからと言って、欲をすべてなくしてしまえばよいとする考え方は妥当ではありません。
なぜなら、欲がなければ人類は進歩していかないからです。
同じ欲でも私欲を減らすような世の中になれば、人類自体がかなりパーフェクトな生き方をすることができるでしょう。